大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成7年(オ)1962号 判決

上告人

石川鈴子

井本米子

笠松悠紀子

近藤豊美

近藤三男

右五名訴訟代理人弁護士

二村満

宮前隆文

被上告人

平山晃

右訴訟代理人弁護士

河上幸生

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人二村満、同宮前隆文の上告理由について

一  民法二五八条二項は、共有物分割の方法として、現物分割を原則としつつも、共有物を現物で分割することが不可能であるか又は現物で分割することによって著しく価格を損じるおそれがあるときは、競売による分割をすることができる旨を規定している。ところで、この裁判所による共有物の分割は、民事訴訟上の訴えの手続により審理判断するものとされているが、その本質は非訟事件であって、法は、裁判所の適切な裁量権の行使により、共有者間の公平を保ちつつ、当該共有物の性質や共有状態の実状に合った妥当な分割が実現されることを期したものと考えられる。したがって、右の規定は、すべての場合にその分割方法を現物分割又は競売による分割のみに限定し、他の分割方法を一切否定した趣旨のものとは解されない。

そうすると、共有物分割の申立てを受けた裁判所としては、現物分割をするに当たって、持分の価格以上の現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせ、過不足の調整をすることができる(最高裁昭和五九年(オ)第八〇五号同六二年四月二二日大法廷判決・民集四一巻三号四〇八頁参照)のみならず、当該共有物の性質及び形状、共有関係の発生原因、共有者の数及び持分の割合、共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値、分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無等の事情を総合的に考慮し、当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められ、かつ、その価格が適正に評価され、当該共有物を取得する者に支払能力があって、他の共有者にはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情が存するときは、共有物を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を賠償させる方法(以下「全面的価格賠償の方法」という。)による分割をすることも許されるものというべきである。

二  これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実関係の概要及び記録によって認められる本件訴訟の経過等は、次のとおりである。(1) 第一審判決添付物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、登記簿上の地目はため池であるが、現況は草が繁茂している土地である。(2) 本件土地は被上告人と上告人らの共有であって、その持分は、被上告人が二二八分の二二三、上告人らが各二二八分の一であり、登記簿上の面積一四六四平方メートルを基準にすると、上告人らの持分に相当する土地の面積は各6.42平方メートルである。(3) 被上告人は、上告人らとの間の分割協議が調わなかったため、本件土地の共有物分割等を求める本件訴えを提起し、本件土地の分割方法として、自らが本件土地を単独で取得する全面的価格賠償の方法による分割を希望している。(4) これに対し、上告人らは、その持分の合計に相当する部分の土地を上告人らの共有のままで残し、その余の部分の土地を被上告人の単独所有とする現物分割を希望している。(5) 本件土地の価格の鑑定を依頼された不動産鑑定士は、平成六年六月二〇日時点における本件土地の価格について、近隣地域の類似地の取引事例との比較、公示価格との規準等を考慮し、一平方メートル当たり二万九七〇〇円(上告人らの持分に相当する価格は各一九万一〇〇〇円)と評価しており、右の評価が不合理であることをうかがわせる事情は存しない。

右の事実関係等によれば、上告人らの持分に相当する土地は、面積の合計が32.1平方メートルにすぎず、本件土地の所在する場所等も併せ考えると、土地としての社会的、経済的効用が乏しいものといわなければならない。他方、持分の大部分を有する被上告人は、本件土地を競売に付することなく、自らがこれを単独で取得する全面的価格賠償の方法による分割を希望しているのであって、これらの事情を考慮すると、本件土地をすべて被上告人に取得させるのが相当であると認められる。そして、本件土地の価格は適正に評価されており、また、上告人らに支払われるべき賠償金の額からして、その履行が困難であるとは考えられないから、価格賠償の方法によっても共有者間の実質的公平が害されるおそれはないものと認められる。

そうすると、本件については全面的価格賠償の方法により共有物を分割することの許される特段の事情が存するものというべきであって、原審が、本件土地について現物分割又は競売による分割の方法を採ることなく、本件土地を被上告人の単独所有とした上、被上告人に対し、前記の評価額に従って上告人らの持分の価格の賠償を命ずべきものとしたことに、分割方法の決定についての裁量の範囲の逸脱があるということはできない。

三  以上によれば、所論の点に関する原審の認定判断は、いずれも正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、これと異なる見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤り及び原審の裁量に属する分割方法の決定の不当をいうか、又は原審の専権に属する事実の認定を非難するものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井嶋一友 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子 裁判官遠藤光男 裁判官藤井正雄)

上告代理人二村満、同宮前隆文の上告理由

一1 原判決は、次のとおり、憲法に反しかつ明らかに法令の解釈を誤っている。

原判決は、一審判決理由を引用し、「一人の共有者の持分割合が全体の大部分を占め、その余の共有者の持分割合が極めて僅少である場合には、民法二五八条二項が、現物分割または代金分割以外の分割方法を一切禁止しているものとは解しがたい」として、価額賠償の方法を是認する。しかし、右解釈は一審及び原審のみが採用するものであり、憲法に反し、かつ明らかに法令の解釈を誤ったものである。

2 憲法は二九条一項で「財産権は、これを侵してはならない」とし、同二項において「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」としている。財産権の制約は公共の福祉にもとづくものでなければならず、かつその制約は法律によらなければならない。

ところで、共有は所有者が複数のためやむなく拘束された状態にあるだけで、各共有者は常に所有権を具体化する権能を留保している。そして、その具体化する手段として共有物分割請求が認められた。すなわち、共有状態を解消することで、各共有者が所有権の行使を実行あらしめようとするものであり、それ以下でもそれ以上でもない。

しかるに、価額賠償の方法は、財産権の中でもっとも重要な所有権の剥奪であって、共有物分割請求の趣旨を超えた方法である。憲法上財産権は、「公共のために用いる」場合に初めて正当な補償を条件として剥奪しうるのであるが、本件のような共有物分割訴訟において、価額賠償という形で、共有物分割請求の趣旨を超えて所有権の剥奪を正当化する理由はまったく存しない。

また、価額賠償の方法は、明らかに財産権への制約であり、法律の定めなくしてこれを認めることはできないところ、共有物分割訴訟において、価額賠償を規定する法令は存しない。

この点につき、原判決は、憲法に反するもので、破棄を免れない。

3(一) 協議による場合はともかく、裁判上の分割において、価額賠償による分割は認められない。価額賠償の方法は、遺産分割などであって初めて認めうるのである。

(二) これは法律上の規定の差となってあらわれている。

すなわち、遺産分割においては、民法九〇六条に「遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して」するとされていることから、価額賠償という方法を選択することは当然できる(家事審判規則一〇九条)。しかし、通常の共有物分割訴訟においてはそのような規定はない。

遺産分割が相続人の生活保障など相続法理に導かれた遺産の継承であるのに対し、共有物分割は所有権共有状態の解消のみが目的である。民法九〇六条は遺産という共同相続人間の全体の公平な遺産全体の分割、被相続人との間の経済上、社会上の関係のすべてを検討し具体的妥当性を全体のバランスを考慮して決するという関係があるのに対して、共有物分割は、本来個別的な特定の物件の分割というものであり、共有者の有する利害は共同相続人のそれとは著しく相違することが予測され、価格補償までして、分割関係の清算を図ることは必要ではなく、民法九〇六条の規定を普遍的な原理としては肯認できない。

また、遺産分割は家事審判規則一一〇条、四九条の規定により共同相続人間に金銭の給付を命ずることができるが、共有物分割訴訟においては民法などの関連規定上共有者間に給付義務を発生せしめる原因規定がない。かりにかかる規定なしに価額賠償を認めるとなると、金銭補償による精算を誰が保証するのか困難な問題を生じる。

(三) 民法が裁判上の分割について、分割の方法を制限したのは、裁判所の裁量の余地を少なくして、持ち分の割合に応じた公平な分割をなすべきものとしているからである。

一般に、昭和三〇年五月三一日最高裁判所第三小法廷判決も、通常の共有物分割請求について民法九〇六条の適用を否定し、代償分割などを否定したものと解されている。

なお、最高裁判所第二小法廷昭和四五年一一月六日判決(最民集二四・一二・一八〇三)は、数個の共有物の分割について各個の単独所有権取得による共有物分割を認めたが、あくまで現物分割の範疇として認めたものであって、価額賠償の方法を許容するものではない。

(四) 価額賠償を認めた下級審判例が散見されるが、これらはいずれも遺産分割後の共有状態解消か、権利濫用の事例と思われる。

前者については、かかる共有物分割請求が遺産分割の性質を色濃く有していることに基づくものである(東京地方裁判所昭和五三年九月一三日判決、民集二四巻一二号一八〇三頁)。また、後者については、個々の事案で対応すべきもので、一般論として民法二五六条の解釈として価額賠償の方法を認めたものではない。

もちろん、本件はいずれの事案でもない。

むしろ、下級審の主流(大阪地方裁判所昭和五〇年一〇月二八日判決、金融・商事判例四九四号三三頁、横浜地方裁判所昭和五九年六月二〇日判決、判例時報一一五〇号二一〇頁)は、通常の共有物分割請求「裁判上の分割において、裁判所は現物分割又は代金分割のいずれかを選ぶほかなく価額賠償の方法によることは許されない」として、価額賠償の方法を否定しているのである。

(五) さらに原審及び一審判決は「一人の共有者の持分割合が全体の大部分を占め、その余の共有者の持分割合が極めて僅少である場合」には、民法二五八条二項が、価額賠償を許容しているという。

これは、被上告人の一審準備書面中にある山口地方裁判所昭和四五年七月一三日判決の考えをもとにしているものと思われる。ただ、この事件では、①分割の対象となった物件が多数であること、②被告のうちの一人の持分は一五四二分の一ときわめて僅かで、他の者も一五四二分の一二であり、被告らの各物件に対して持分を考えると一件あたり量的にきわめて小さいこと、③原告はその持分の大部分を、被告らはその持ち分のすべてを同一の相続により取得しており、遺産の再分割と評しうることといった特徴があり、それゆえに価額賠償という結論を導きだしたものといえる。

しかし、本件ではこのような情況にはないのであり、原審及び一審の解釈はとうてい採用できるものではない。

むしろ、「その余の共有者の持分割合が極めて僅少」というような場合にこそ、現物分割が相当でない場面として、代金分割の場面なのである(大阪地方裁判所昭和五〇年一〇月二八日判決、金融・商事判例四九四号三三頁)。

4 以上のように、原判決には、憲法に反しかつ明らかに法令の解釈を誤った違法があるので、破棄は免れない。

二 原判決には次のとおり審理不尽、理由不備の誤りがある。

1(一) 原判決は、一審判決を引用し、本件土地の持分割合及び登記簿上の面積割合をもって「被告(上告人)らは、それぞれ利用価値の乏しい範囲を取得するに過ぎない」と認定する。

(二) しかし、本件上告人らの持分は相続により取得したものであるが、遺産分割未了であり、かつ上告人らの間では早急な分割を望んでおらず、むしろ相続人中の一人に所有させることが検討されていた。そして、現物分割では、共有者多数のときはその中の一人の持ち分で現物分割し、その余を共有として残す方法も可能である(最高裁判所平成四年一月二四日、判例時報一四二四号五四頁)。原審判決によると、被告ら五名の持ち分は合計すると二二八分の五となり、その面積割合は32.1平方メートルとなる。これを上告人らが共同あるいは単独で所有・使用すれば土地の有効利用が可能であり、現物分割される実益がある。

(三) そもそも利用価値があるかないかは、客観的な価値もさることながら、主観的価値についても十分考慮されなければならない。単に面積的な割合によるべきではない。

ところが、一審及び原審とも被告人尋問の請求を却下するなど、利用価値があるかないかについての審理をまったく尽くしていない。

なお、一審及び原審が利用価値がないとした理由は明らかでないが、それがため池だからということであれば、理由とならない。造成などにより、将来的な利用価値は十分存している。

(四) 被上告人は、請求の趣旨に明らかなとおり、初めから価額賠償しか考えておらず、現物分割にまったく応じる気配もなかったところ、一審及び原審裁判所はこれに流され迎合したものである。

本来、共有物分割訴訟にあって裁判所は、原告からの分割方法についての申立には拘束されない(最高裁判所昭和五七年三月九日判決、判例時報一〇四〇号五三頁)。したがって、民法二五八条の原則に従ってまず現物分割の可能性を検討し、しかる後に他の方法を検討すべきである。

そして、所有権を剥奪する現物分割以外の分割には慎重であるべきであり、だからこそ法も現物分割を原則としたのだから、裁判所としてはまず現物分割の可否を十分審理すべきであった。

(五) したがって、現物分割の方法等についてまったく考慮していない点、原審には審理不尽、理由不備の誤りがあり、明らかに法令に違背し、破棄を免れない。

2 かりに一審及び原審が価額賠償の方法を採用した理由が、上告人らの権利濫用にある趣旨としても、そのような主張は認められないし、事実もない。

被告らが原告らを害する意図がないことは当然として、原告が被る損害があるのかないのか、あるとしてどの程度なのかまったく審理が尽くされていない。

そもそも、価額賠償以外の分割方法で被上告人が被る損害は皆無に等しいのであり、上告人らが権利濫用となることはない。

原審には審理不尽、理由不備の誤りがあり、明らかに法令に違背し、破棄を免れない。

3 かりに、原審判決のいう分割をなすにしても、原審判決が採用した価格(甲二号証をそのまま援用)には疑問がある。

原審判決によれば上告人らはまったく意に反して所有権を剥奪される一方、被上告人さらにはその背後にある株式会社鴻池組や東海旅客鉄道株式会社らは莫大な利益を得んとしているのである。こうした事情があるにも関わらず、単に取引価格をもって代償とする判断は相当でないこと明らかである。

本件は、共有物分割請求に借口して、本件物件の全所有権を掌握しようとするものである。これは本来ならば、交渉し、双方納得のできる額で取引価格が形成されたうえでなされるべきものである。なにゆえ裁判所がその間に入って無理矢理所有権を剥奪し譲渡させなければならないのか。遺産分割などとは異なり、共有状態の解消のみ念頭におくべきである。

原審には審理不尽、理由不備の誤りがあり、明らかに法令に違背し、破棄を免れない。

4 また、甲二号証の価格自体公正かどうか疑わしい。

そこで、上告人らは鑑定の申し出をしたが、原審はこれを一方的に却下した。原審判決は、「評価の公正さを疑わせるに足りる証拠は存しない」とするが、鑑定という途を奪いながら証拠がないとする訴訟指揮は違法ですらある。

このように原審には審理不尽、理由不備の誤りがあり、明らかに法令に違背し、破棄を免れない。

三 結論

以上いずれの点よりするも原判決は違法であり、破棄されるべきものである。

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